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お遍路とは
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「四国霊場八十八ヶ所」は、弘法大師空海が自身の修練と人々の災難の除くために開いた霊場です。
大師が42歳の頃の事跡が多いところから弘仁6年(815)に開創されたと伝えられています。
「四国遍路」は、その八十八ヶ所霊場を巡る旅です。
起源は、伊予の国荏原村の長者衛門三郎が自身の非を悟り大師の後を追って四国を巡ったのが始まりと言われています。
四国霊場は、阿波の国「発心の道場(1番〜23番)」、土佐の国「修行の道場(24番〜39番」、伊予の国「菩提の道場(40番〜65番)」、讃岐の国「涅槃の道場(66番〜88番)」の八十八ヶ寺。88は人間の煩悩の数と言われ、四国霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いが叶うとされています。
三百余里(約1450km)の長路の旅ですが、大師は一本の金剛杖によって常に遍路を見守ってくださっています。お大師様との「同行二人(どうぎょうににん)」、へんろ道をたどる中で、心身ともに癒されていくような祈りの旅に出かけてみませんか。
 
  衛門三郎伝説
四国遍路の起源となったと言われている「衛門三郎」の伝説です。

昔、伊予の国浮穴郡荏原の郷に衛門三郎というとても欲深い長者が住んでいました。ある時、みすぼらしい格好をした僧が門前に来た時、衛門三郎は托鉢を取り上げて投げつけてしまいました。その僧は弘法大師でした。
その後、8人の男の子が次々になくなっていくのを見、衛門三郎も恐ろしくなり、邪見をひるがえし家を捨て、身を忘れて弘法大師に会う四国巡拝に旅立ちました。
ところが、いくら四国を回っても弘法大師にお会いすることができません。21回目、天長8年阿波の国、焼山寺の麓で病に倒れ、起きあがる事さえもできなくなりました。
その時突然、弘法大師が枕元に現れ、彼の手に一寸八分の石に「衛門三郎」と彫りつけますと、衛門三郎は安心して息を引きとりました。
幾重の年月を経て、ここの地方豪族、河野息利に男子が生まれましたが、その子はいつまでたっても右手は握られたままで開きません。そこでこの安養寺に願をかけましたところ、手の中から「衛門三郎」と書かれた石がでてきたのです。
その石は安養寺に納められ、寺号は「石手寺(第51番札所)」に改められたそうです。
現在、その衛門三郎の石は大講堂の正面に安置してあります。

 
  お遍路用語
・札所(ふだしょ) お遍路さんが巡る八十八の寺の事
・本堂(ほんどう) お寺のご本尊を祀るお堂
・大師堂(たいしどう)
お寺の中で弘法大師が祀られているお堂
・お大師さま(おだいしさま) 弘法大師・空海の事。平安時代、遣唐使の一員として中国へ渡り、恵果和尚より授かった密教を日本に伝える。四国では今もお大師さまが遍路道を巡っているとされている
・真言宗(しんごんしゅう) 空海(弘法大師)によって9世紀初頭に開かれた、日本の仏教の宗派。中国(唐時代)の長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ密教を基盤としている
・般若心経(はんにゃしんぎょう) 大乗仏教の空・般若思想を説いた経典の1つ
・同行二人(どうぎょうににん) 一人でお参りをしていても、常に弘法大師がそばにいて、守ってくれているという意味
・打つ 各札所を参拝する事
・順打ち 一番札所から順番に札所にお参りする事
・逆打ち 順打ちと逆で、八十八番札所から逆にお参りをする事。衛門三郎が逆打ちをして弘法大師に出会えた事から、逆打ちは順打ちよりも御利益あるとされている
・通し打ち 八十八ヶ所の札所を全て一回でお参りする事
・区切り打ち 札所を何度かに区切ってお参りすること
・一国参り 四国のうち、一県の札所だけにお参りすること
   
 
  弘法大師について
弘法大師・空海
774年に讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県善通寺)で生まれ、幼名は佐伯真魚(さえきまお)という。
15歳で「阿刀大足(あとのおおたり)※1」から論語や史伝等を学び、18歳で奈良の大学に入学。
20歳過ぎからは大学を中退し、山林での修行をはじめていた。
24歳の頃「聾瞽指帰(ろうこしいき)※2」を著しているが、その頃にある修行者から「虚空蔵求聞持の法(こくぞうぐもんじのほう※3)」を授かる。
この時の修行の場として四国を選んだのは有名な話。石鎚山、室戸岬、太龍嶽等で厳しい修行をしている。
804年、31歳の時に得度(とくど・出家の事)して、東大寺戒壇院で「具足戒(ぐそくかい※4)」を受け、同年、遣唐使の留学生として唐の国に出発。
西明寺で梵語やバラモンの宗教を学び長安の青龍寺で「恵果阿闍梨(けいかあじゃり※5)」から「密教(みっきょう※6)」の全てを学ぶ。
このとき「阿闍梨遍照金剛」の名を頂き、真言密教第八祖となる。
2年間の留学を終えて、806年に多くの書物を持ち帰国。
809年に上京し、816年に真言宗開創の勅許を得る。
821年に「満濃池(まんのういけ)※7」を築造し、828年には「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)※8」を創立して、教育の普及や社会事業でも活躍する。
835年3月21日 高野山金剛峯寺において62歳で入定。
921年に醍醐天皇から弘法大師の諡号を贈られる。
たくさんの仏教や文学の書も残しているが、弘法大師は国三筆の一人とされ、書の達人としても知られている。

※1 阿刀大足(あとのおおたり)

母方の叔父であり、後に桓武天皇の皇子・伊予親王の個人教授をつとめた。
※2 聾瞽指帰(ろうごしいき) 儒教、道教、仏教をそれぞれ比較して仏教が最も優れているとし仏法に無知な人間に対する指導書であると共に自分自身が仏門に生きる宣言をした書でもある。
※3 虚空蔵求聞持の法(こくぞうぐもんじのほう) 真言を百万遍唱える事で大変な記憶力を得られると言われる。
※4 具足戒(ぐそくかい) 出家した人が必ず守らなければならない規定。
※5 恵果阿闍梨(けいかあじゃり) 中国唐代の密教の僧で、空海の師。真言密教八祖の第七祖。
※6 密教(密教) 秘密仏教を略したもの。真言宗は密教の宗派。
※7 満濃池(まんのういけ) 香川県のまんのう町にある日本最大の灌漑用溜池。
※8 綜芸種智院(しゅげいしゅちいん) 庶民の教育を目的とした学校。
 
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